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日本の歴史あいうえお順年代順 [芸能]

太もも



日本史あいうえお順

あ~お

安和の変 藤原氏による他氏排斥事件。以後、藤原氏の全盛期を迎える。
969年
姉川の戦い 近江国姉川の流域で行われた織田信長,徳川家康連合軍と浅井長政,

      朝倉義景の族将同景健連合軍との戦い。
1570年
安土城築城 織田信長が近江(現在の滋賀県)の安土に築いた。
1576年
赤穂事件 元禄年間に、江戸城松之大廊下 で高家の吉良上野介(きらこうずけのすけ)義央に斬りつけた

     として、 .... そして元禄15年 12月14日 (旧暦) (1703年(1702年ではない)1月30日)、

     吉良邸に侵入し、吉良上野介 を討ちとった(吉良邸討ち入り)。
1702年
安政の大獄 尊王攘夷派運動に対して大老井伊直弼が行った弾圧。
1858年
磐井の乱(いわいのらん)朝鮮半島へ出兵しようとしたヤマト王権軍の進軍を、

       新羅と結んだ筑紫の国造磐井が阻み、翌年、物部鹿鹿火によって鎮圧された反乱。
527年
乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)中大兄皇子、中臣鎌足らが宮中で蘇我入鹿を暗殺して

     蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼした飛鳥時代の政変。その後、中大兄皇子は体制を刷新して

     大化の改新と呼ばれる改革を断行した。
645年
厳島の戦い(いつくしまのたたかい) 毛利元就が主人の大内義隆を殺害した陶晴賢を厳島で討った戦い。
1555年
石山合戦 浄土真宗本願寺勢力と織田信長との戦い。本願寺法主の顕如が石山本願寺に篭って戦った。
1570年
異国船打払令 江戸幕府が発した 外国船追放令である
1825年
池田屋事件 京都三条木屋町(三条小橋)の旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの

      尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新選組が襲撃した事件。
1864年
延暦寺創建 最澄は延暦7年(788年)、薬師如来を本尊とする一乗止観院(いちじょうしかんいん)

      (現在の総本堂・根本中堂)を創建して比叡山を ... 比叡山に篭もって修学修行に専念する

      12年間の教育制度を確立し、延暦寺から多くの高僧碩徳を輩出することになりました。
788年
永仁の徳政令 貧窮に苦しむ御家人救済の為北条貞時が発令した徳政令。
1297年
永享の乱(えいきょうのらん)将軍後継者問題から幕府と対立した鎌倉公方の足利持氏と、

     関東管領の上杉憲実との戦い。
1438年
江戸幕府成立 徳川家康が江戸に開いた武家政権。
1603年
絵島事件 江戸城大奥の女中絵島が、歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、

     関係者1400名が処罰された事件。
1714年
近江大津宮遷都 天智天皇6年(667年)3月19日、中大兄皇子は都を近江大津へ移した。
  667年
応天門の変 (おうてんもんのへん)平安時代前期に起こった政治 事件。 応天門が放火され、大納言・伴善男は

      左大臣・源信の犯行であると告発したが、 太政大臣・藤原良房の進言により無罪となった。
866年
奥州合戦 源頼朝は、平氏を滅ぼした後も従わず不仲になった弟の義経をかくまったたという理由で奥州の

     藤原氏を滅ぼした。治承・寿永の乱の最後の戦いであり、古代から中世の転換となった歴史的な戦い。
1189年
応永の乱 室町時代の応永6年(1399年)に、守護大名の大内義弘が室町幕府に対して起こした反乱である。
1399年
応仁の乱 細川勝元派(東軍)と山名持豊(西軍)とが、京都を中心に11年間続けた戦乱。
1467年
応永の外寇 室町時代の応永26年(1419年)に起きた、李氏朝鮮による倭寇討伐を名目とした対馬攻撃を指す。
1419年
桶狭間の戦い 尾張 国桶狭間で行われた合戦。
1543年
大阪城築城 秀吉は石山本願寺跡に大坂城の普請(築城工事)を開始した。一般には日本のお城のシンボルは

      天守閣であるが、空にそびえる大天守が初めて作られたのは織田信長の安土城である。
1583年
小田原征伐 豊臣秀吉が後北条氏を征伐し降した歴史事象・戦役。後北条氏が秀吉の沼田領裁定の一部について

      武力をもっての履行を惣無事令違反とみなされたことをきっかけに起こった戦いである。
1590年
大阪冬の陣 江戸幕府と豊臣家(羽柴宗家)との間で行われた合戦。
1614年
大阪夏の陣 大坂冬の陣後、和平を破った徳川家康が豊臣家を滅ぼし天下統一を決定づけた。
1614年
大塩平八郎の乱 大阪の元役人とその門人らが起こした江戸幕府に対する反乱。
1837年
近江屋事件 江戸時代末期(幕末)に坂本龍馬と中岡慎太郎、山田藤吉の3人が京都河原町近江屋井口新助邸に

      おいて暗殺された事件。 
1867年
か~こ

冠位十二階 聖徳太子が制定した冠による位階制。
604年
懐風藻編纂(かいふうそう) 現存する最古の日本漢詩集、編者不明。
751年
嘉吉の乱(かきつのらん)室町時代の嘉吉元年(1441年)に播磨・備前・美作の守護赤松満祐が、

      室町幕府6代将軍足利義教を暗殺し、領国の播磨で幕府方討伐軍に敗れて討たれるまでの

      一連の騒乱である。
1441年
刀狩令 豊臣秀吉によって行われた刀狩令。この刀狩令によって、村には武器を持たない農民だけ、

    武士は城下町へと兵農分離が原則となります。
1588年
海舶互市新令(かいはくごししんれい)新井白石が国際貿易額を制限するために制定した法令。
1715年
寛政の改革 老中松平定信が天明7年から寛政5年に行った江戸幕府の政治改革。
1787年
寛政異学の禁 江戸 幕府老中・松平定信が寛政の改革で行った学問の統制である。
1790年
亀山社中結成 坂本龍馬が長崎で開運貿易会社を結成した。
1865年
亨徳の乱(きょうとくのらん)室町幕府8代将軍足利義政の時に起こった室町時代の関東 地方における内乱。
1455年
キリスト教伝来 イエズス会のザビエルによって伝えられ、南蛮貿易とともに宣教師の活動が拡がり、

     17世紀初頭までに西日本中心に拡がった。しかし、豊臣秀吉のバテレン追放令から禁教が強まり、

     江戸幕府は鎖国に踏み切る。
1549年
清須会議 織田家後継者及び遺領の配分を決定させるために、尾張国清須城で開催。
1582年
享保の改革 江戸時代中期に第8代将軍徳川吉宗によって 主導された幕政改革。
1716年
享保の大飢饉 江戸時代中期に起こった飢饉である。 江戸四大飢饉の一つに数えられる。
1731年
禁門の変 蛤 (はまぐり) 御門の 変ともいう。幕末,長州藩兵と幕府との京都御所付近における戦闘。
1864年
公事方御定書制定 (くじかたおさだめがき)江戸幕府の基本法典。

     享保改革を推進した8代将軍・徳川吉宗の下で作成された。
1742年
遣隋使派遣 聖徳太子が小野妹子を隋に派遣した
600年
憲法十七条 推古天皇12年(ユリウス暦604年)に聖徳太子(厩戸皇子)作ったとされる、17条からなる法文。
604年
遣隋使廃止 618年に隋が滅亡したため終了しました。
618年
遣唐使派遣 犬上御田鍬らが派遣されたのが第1回。日本 は舒明天皇、大臣は蘇我蝦夷だった。

      618年に成立した唐では太宗の貞観の治の時代 にあたる。
630年
遣唐使廃止 菅原道真の進言によって廃止された。
894年
建武の新政 後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒し、天皇中心に行った政治。建武の中興とも言う。
1333年
建武式目  室町幕府の施政方針を示した式目である。御成敗式目と合わせて貞建の式条と 呼ばれる。
1336年
建仁の乱 城長茂ら城一族が起こした鎌倉幕府への反乱。
1201年
元弘の変 後醍醐天皇を中心とした 勢力による鎌倉幕府倒幕運動である。
1331年
慶安の変 3代将軍家光の死後に、幕府政策の批判と浪人の救済を掲げ、由井正雪、丸橋忠弥、金井半兵衛、

     熊谷直義などによる幕府転覆を計画した事件。由井正雪の乱ともいう。
1651年
元禄地震 元禄16年11月23日(1703年12月31日)午前2時ごろ、 関東地方を襲った巨大地震。

     震源は相模トラフの房総半島南端にあたる千葉県の 野島崎と推定され、

     東経139.8度、北緯34.7度の地点にあたる
1703年
慶安の御触書 江戸時代の第3代将軍徳川 家光期にあたる慶安2年(1649年)に、

     江戸幕府が農民統制のために発令した幕法と されている文書。
1649年
古事記編纂 初めは天武天皇の命令で編集が進められたが、元明天皇に受け継がれこの年に完成した。

     太安呂によって筆録された現存する日本最古の歴史書。
712年
庚午年籍(こうごねんじゃく)庚午の年に作成された戸籍。以降、6年ごとに戸籍が作成されるようになった。
670年
国分寺建立の詔 (こくぶんじこんりゅうのみことのり)聖武天皇によって出された、

     各国に国分僧寺と国分尼寺を立てる命令の事。
741年
後九年の役 この戦争は、源頼義の奥州赴任(1051年)から安倍氏滅亡(1062年)までに要した年数から、

    元々は「奥州十二年合戦」と呼ばれており、『古事談』『愚管抄』『古今著聞集』などには

    その名称で記されている。
1051~1062年
後三年の役(ごさんねんのえき)平安時代後期の陸奥・出羽(東北地方)を舞台とした戦役である。

    前九年の役の後、奥羽を実質支配していた清原氏が消滅し、奥州藤原氏が登場する

    きっかけとなった戦いである。後三年合戦(ごさんねんかっせん)ともいう。
1083~1089年
御成敗式目 北条泰時が中心となって制定された武士政権の為の法令。
1232年
弘安の役 鎌倉時代に、元軍が2度日本を襲った事件
1281年
康暦の政変(こうりゃくのせいへん) 南北朝時代の天授5年/康暦元年(1379年)に

    室町幕府管領・細川頼之が失脚した政変である。
1379年
小牧・長久手の戦い 豊臣秀吉と徳川家康・織田信雄連合軍との戦い。

     勝敗がつかず長期戦となったため講和を結んで終結した。
1584年

さ行

三世一身の法(さんぜいっしんのほう)開墾奨励の為に出された法令。新たに用水を設けて開墾した者には

    3代にわたって、旧用水を利用して開墾した者には本人1代限り開墾の私有を認めた。
723年
三方ケ原の戦い 現在の静岡県浜松市三方原近辺で起こった武田信玄軍と徳川家康軍との戦い.

    徳川軍が大敗したことで有名。
1573年
参勤交代 各藩の藩主を定期的に江戸に出仕させる江戸幕府の法令のことである。

    参勤交替、参覲交代、参覲交替などとも書く。
1635年
桜田門外の変 江戸城桜田門外(現在の東京都 千代田区霞が関)で水戸藩からの脱藩者17名と

    薩摩藩士1名が彦根藩の行列を襲撃。
1860年

薩英戦争 幕末,薩摩藩と イギリス艦隊との間にかわされた戦闘。文久2 (1862) 年8月の生麦事件に際し,

     イギリス代理公使 E.ニールは,幕府に対して事件の責任者処罰および

     10万ポンドの 賠償を請求した。
1863年
薩長同盟 薩摩藩と長州藩との間で結ばれた討幕の軍事同盟。
1866年
壬申の乱(じんしんのらん)天智天皇の弟の天皇の長子である大友公子が、皇位継承をめぐって起こした内乱。
672年
承和の変(じょうわのへん)平安時代初期に起きた廃太子を伴う 政変。

     藤原氏による最初の他氏排斥事件とされている事件である。
842年
昌泰の変(しょうたいのへん) 左大臣藤原時平の讒言により 醍醐天皇が右大臣菅原道真を大宰員外帥として

     大宰府へ左遷し、道真の子供や右近衛 中将源善らを左遷または流罪にした事件。
901年
鹿ヶ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)京都で起こった、平家打倒の陰謀事件。
1177年
承久の乱 後鳥羽上皇が鎌倉 幕府執権である北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた兵乱。

     承久の変、承久合戦 ともいう。
1221年
霜月騒動 鎌倉で起こった鎌倉幕府の政変。8代執権北条時宗の死後、有力御家人・安達泰盛と、

     内管領・平頼綱の対立。
1285年
正中の変(しょうちゅうの へん)鎌倉時代後期に起き た、後醍醐天皇による討幕計画が事前に発覚し

     首謀者が処分された事件。
1324年
壬申約定じんしんやくじょう) 朝鮮王朝 (李朝) と日本との間に成立した修好通商条約。
1443年
賤ヶ岳の戦い (しずがたけのたたかい)近江国伊香郡(現: 滋賀県長浜市)の賤ヶ岳付近で起きた

    羽柴秀吉と柴田勝家の戦いである。
1583年
島原の乱 江戸時代初期に起こった日本の歴史上最大規模の一揆 であり、幕末以前では最後の本格的な

     内戦である。島原・天草の乱、島原・天草一揆とも 呼ばれる。
1637年
シャクシャインの戦い シブチャリの首長 シャクシャインを中心として起きた、

     松前藩に対するアイヌ民族の大規模な蜂起である。 1669年
生類憐みの令 5代将軍徳川綱吉の時代に発せられた、動物愛護の法令の総称。
1685年
シーボルト事件 オランダ商館付の医師シーボルトが帰国の際に、所持品の中から国禁の日本地図や葵紋付の

     衣服が見つかり、それを送った幕府天文方・書物奉行の高橋景保他十数名が処分された事件。
1828年
松下村塾開校(しょうかそんじゅく)現在の山口県萩市に存在した私塾。吉田松陰らが指導した。

    高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文など明治維新に活躍した多くの人材を輩出した。
1856年
前九年の役(ぜんくねんのえき)奥羽の豪族安倍頼時・貞任・宗任らの反乱を源頼義・義家らが平定した戦い。
1051年~1063年
関ヶ原の戦い 美濃の関ヶ原で、 徳川家康を大将とする「東軍」と、

     石田三成を中心とする反徳川勢力の「西軍」とが行なっ た合戦。
1600年
た行

大化の改新 中大兄皇子(のちの天智天皇)中臣(藤原)鎌足らが蘇我氏を打倒して始めた政治改革。
645年
大宝律令 701年(大宝1年)に制定された日本の律令である。「 律」6巻・「令」11巻の全17巻。

     唐の律令を参考にしたと考えられている。大宝律令は、 日本史上初めて律と令が揃って

     成立した本格的な律令である。
701年
橘奈良麻呂の乱 奈良時代の政変。橘奈良麻呂が藤原 仲麻呂を滅ぼして、天皇の廃立を企てたが、

    密告により露見して未遂に終わった。
757年
平将門の乱 常陸・下野・上野の国富を占領、一時関東を支配下において新皇を称した平将門が、

      平貞盛、藤原秀郷らに討たれた事件。
935年
壇ノ浦の戦い 平安時代の末期の元暦2年/寿永4年3月24日 (1185年4月25日)に

       長門国赤間関壇ノ浦(現在の山口県下関市)で行われた戦闘。
1185年
大政奉還 江戸時代末期の慶応3年10月14日(1867年11月9 日)に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を

     明治天皇に奏上し、翌15日に天皇 が奏上を勅許した政治的出来事である。
1867年
丁未の乱 (ていびのらん)仏教の礼拝をめぐって」、蘇我馬子と対立した物部守屋が反乱を起こし滅ぼされた。
587年
鉄砲伝来 16世紀にヨーロッパから東アジアへ火縄銃(鉄砲、鐵炮)が伝わったこと、狭義には日本の種子島に

     伝来した事件を指す。現物の火縄銃のほか、製造技術や射撃法なども伝わった。
1542年
田畑永代売買禁止令(でんぱたえいたいばいばいきんしれい)江戸幕府によって出された法令の総称。

   田畠永代売買禁止令とも書く。代官宛に出された17か条からなる「土民仕置条々」のうち、

   田畑の売買(永代売)を禁止する3条(13条)を指す。前年に最大規模化した寛永の大飢饉を契機に

   幕府は本格的な農政へ乗り出し、飢饉による百姓の没落を防ぐ目的で発布されたとされている。

   明治5年(1872年)に廃止されるまで名目上の効力を持った。
1643年
寺田屋事件 幕末の京都で1862年には薩摩藩の尊王派志士が鎮撫され、1866年には伏見奉行 により

    坂本龍馬が襲撃された二つの事件の現場となった京都伏見の寺田屋。
1862年
天保の改革 江戸時代の天保年間(1830年 - 1843年)に行 われた、幕政や諸藩の改革の総称である。
1841年
東大寺大仏開眼供養 大仏の開眼を供養すること。752年の 東大寺盧遮那仏の場合が特に有名で、

     この際に使用された器物が正倉院に多く収め られている。
746年
唐招提寺建立 唐から来朝した鑑真が奈良市五条町に建立した寺院。律宗の総本山。
759年

な行

長屋王の変 藤原氏によって長屋王を打倒するために仕組まれた政治的陰謀事件。
721年
長岡京遷都 光仁天皇の譲位を受けて、山辺親王が桓武天皇 として即位します。

      年号を延暦と改め、都を遷すことが発表されます。
784年
長篠の戦い 織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼軍との戦い。
1575年
鳴滝塾開校 シーボルトが長崎郊外に診療所兼学塾を開いた。
1824年
生麦事件 横浜付近の生麦村で、薩摩藩島津久光の行列を騎乗のまま横切ったイギリス人が

     薩摩藩士に殺害された事件。
1862年
日本書紀編纂 日本最古の正史で、この年に舎仁親王らによって完成した。
720年
日米修好通商条約 井伊直弼がアメリカとの間に結んでしまった不平等条約。
1858年
寧波の乱(ねいはのらん)日明貿易の主導権をめぐって細川氏と大内氏が明の寧波において争った事件。
1523年

は行

裴世清来日(はいせいせいらいにち)中国王朝隋の煬帝による命令で俀國(倭国)を訪れた使者。
608年
白村江の戦い (はくそんこう)朝鮮半島の白村江での唐・新羅軍との日本・百済軍との戦い。
663年
バテレン追放令 豊臣秀吉が出したキリスト教禁止令。
1587年
卑弥呼が魏の皇帝から金印を授かる 邪馬台国の女王卑弥呼は度々魏に朝貢し、

    倭国王であることを意味する「親魏倭王」の金印と100枚の銅鏡を授かった。
239年
  蛮社の獄 天保10年(1839年)5月に起きた言論弾圧事件である。高野長英、渡辺崋山などが、

    モリソン号事件と江戸幕府の鎖国政策を批判したため、捕らえられて獄に繋がれるなど罰を受けた。
1839年
比叡山焼き討ち 現在の滋賀県大津市の比叡山延暦寺で行われた戦い。この戦いで織田信長は僧侶、学僧、

   上人、児童の首をことごとく刎ねたと言われている。またこの戦いはルイス・フロイスの書簡にも

   記載されている。一方、近年の発掘調査から、施設の多くはこれ以前に廃絶していた

   可能性が指摘されている。
1571年
仏教伝来 百済の聖明王の使いで訪れた使者が欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典,

     仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりです。
538年
藤原京遷都 天武天皇の跡を継いだ持統天皇が、天皇の権力を強めようとして造営。最初で最大の都城。
694年
平城京遷都 元明天皇が藤原京から遷都。
710年
風土記編纂 元明天皇が諸国に命じて、その国の地勢、産物、地名の由来・言い伝えなどを記録させた

      日本最古の地理書。
713年
藤原仲麻呂の乱 奈良時代に起きた叛乱。恵美押勝の乱(えみのおしかつのらん)ともいう。

   孝謙太上天皇・道鏡と対立した太師(太政大臣)藤原仲麻呂(藤原恵美押勝)が

   軍事力をもって政権を奪取しようとして失敗した事件である。
764年
藤原広嗣の乱(ふじわらのひろつぐのらん)奈良時代に起きた内乱。藤原広嗣が 政権への不満から

   九州の大宰府で挙兵したが、官軍によって鎮圧された。
740年
文永の役 中国元(げん)の大軍が来攻したときの戦い。元軍は対馬(つしま)・壱岐(いき)、

     次いで博多付近に上陸したが、暴風雨によって引き上げた。
1274年
平城京遷都 奈良時代の日本の首都。いわゆる「奈良の都」である。唐の都「長安」や北魏洛陽城などを

      模倣して建造され ... 藤原京から平城京への遷都は文武天皇在世中の707年(慶雲4年)に

      審議が始まり、708年(和銅元年)には元明天皇により遷都の詔が出された。
707年
平安京遷都 桓武天皇が長岡京から遷都。
794年
平治の乱 院の近臣らの権力争いに平清盛と源頼朝の権力争いが絡んだ戦乱。
1160年
ペリー来航 ペリーが率いる黒船が4隻、浦賀に来航します。彼らは日本に開国を迫ってきます。
1853年
文禄の役 豊臣秀吉が明の征服を目的 に朝鮮に出兵した侵略戦争。約16万の軍を釜山に上陸させ明の国境まで

     進出したが、 明の援軍、朝鮮水軍の攻撃や民衆蜂起などによって劣勢となり停戦。
1592年
武家諸法度制定 江戸時代に江戸幕府が武家を統一するために定めた 制度法である。
1611年
法隆寺建立 聖徳太子が父・用明天皇のために創建したとされ ています。所在地は奈良県生駒郡斑鳩町。

      斑鳩寺という別名もあります。
607年
宝治合戦 鎌倉時代中期に起こった鎌倉幕府の内乱。執権北条氏と有力御家人三浦氏の対立から

     宝治元年(1247年)6月5日に鎌倉で武力衝突が起こり、北条氏と外戚安達氏らによって

     三浦一族とその与党が滅ぼされた。
1247年
本能寺の変 明智光秀が主君の織田信長を京都の本能寺で襲って自害させた事件。
1582年
宝暦事件 朝廷内の尊王論者の弾圧事件。
1758年

ま行

万葉集成立 日本最古の和歌集。天皇、貴族から農民まであらゆる身分の人の和歌が収められており、

      大伴家持編纂したと言われる。
759年
湊川の戦い(みなとがわのたたかい)足利尊氏・直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った後醍醐天皇方の

      新田貞義・楠正成の軍が摂津国湊川(現在の兵庫県神戸市)で行われた戦い。
1336年
室町幕府成立 足利尊氏が京都において軍事貴族(武家貴族)として創始した武家政権。 
1336年
明徳の和約 南朝(大覚寺統)と北朝(持明院統)の間で結ばれた和議と皇位継承について結ばれた協定。

      これによって建武3年(1336年)以来の朝廷分裂状態が終了。
1392年
明応の政変 室町時代に起こった足利将軍廃立事件である。
1493年
明暦の大火 当時の江戸の大半が焼失した大火災。振袖火事ともいわれる。
1657年
目安箱設置 8代将軍徳川吉宗が政治・経済から日常の問題まで、町人や百姓の要望や不満を聞くために、

      評定所の前にした投票箱。
1721年
モリソン号事件 日本人漂流民を乗せて浦賀に来航したアメリカのモリソン号を砲撃した事件。
1837年



山崎の戦い 謀反を起こした明智光秀を羽柴秀吉軍が破った戦い。
1582年
養老律令施行 718年藤原不比等らが大宝律令を一部修正して編纂した律・令各10巻の法典。
757年


琉球王国建国 中山王尚巴志(ちゅうざんおうしょうはし)は北山、中山、南山の三つの王国を統一し、

       首里(現在の那覇市)に首里城を築いて琉球王国を作った。
1429年
蘆舎那仏建立の詔(るしゃなぶつこりゅうのしょう)聖武天皇が蘆舎那大仏像を造顕を発願した。
743年
六波羅探題設置 承久の乱後、朝廷の動きを監視するため、 京都に設置された鎌倉幕府の出先機関。

        北条泰時と北条時房をそれぞれ六波羅の北と 南に駐留させたのが始まり。
1221年


倭国王師升が後漢へ生口160人を献じる
107年
和同開珎発行(わどうかいちんはっこう)本格的な貨幣が日本で初めて鋳造された。
708年
和田合戦 鎌倉幕府内で起こった有力御家人和田義盛の反乱。
1213年

日本史年代順

0~999年

倭国王師升が後漢へ生口160人を献じる
107年
卑弥呼が魏の皇帝から金印を授かる 邪馬台国の女王卑弥呼は度々魏に朝貢し、倭国王であることを意味する「親魏倭王」の金印と100枚の銅鏡を授かった。
239年
  磐井の乱(いわいのらん)朝鮮半島へ出兵しようとしたヤマト王権軍の進軍を、新羅と結んだ筑紫の国造磐井が阻み、翌年、物部鹿鹿火によって鎮圧された反乱。
527年
仏教伝来 百済の聖明王の使いで訪れた使者が欽明天皇に金銅の釈迦如来像や経典,仏具などを献上したことが仏教伝来の始まりです。
538年
丁未の乱 (ていびのらん)仏教の礼拝をめぐって」、蘇我馬子と対立した物部守屋が反乱を起こし滅ぼされた。
587年
遣隋使派遣 聖徳太子が小野妹子を隋に派遣した
600年
憲法十七条 推古天皇12年(ユリウス暦604年)に聖徳太子(厩戸皇子)作ったとされる、17条からなる法文。
604年
冠位十二階 聖徳太子が制定した冠による位階制。
604年
法隆寺建立 聖徳太子が父・用明天皇のために創建したとされ ています。所在地は奈良県生駒郡斑鳩町。斑鳩寺という別名もあります。
  607年
裴世清来日(はいせいせいらいにち)中国王朝隋の煬帝による命令で俀國(倭国)を訪れた使者。
608年
遣隋使廃止 618年に隋が滅亡したため終了しました。
618年
遣唐使派遣 犬上御田鍬らが派遣されたのが第1回。日本 は舒明天皇、大臣は蘇我蝦夷だった。618年に成立した唐では太宗の貞観の治の時代 にあたる。
630年
乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)中大兄皇子、中臣鎌足らが宮中で蘇我入鹿を暗殺して蘇我氏(蘇我本宗家)を滅ぼした飛鳥時代の政変。その後、中大兄皇子は体制を刷新して大化の改新と呼ばれる改革を断行した。
645年
大化の改新 中大兄皇子(のちの天智天皇)中臣(藤原)鎌足らが蘇我氏を打倒して始めた政治改革。
645年
白村江の戦い (はくそんこう)朝鮮半島の白村江での唐・新羅軍との日本・百済軍との戦い。
663年
近江大津宮遷都 天智天皇6年(667年)3月19日、中大兄皇子は都を近江大津へ移した。
  667年
庚午年籍(こうごねんじゃく)庚午の年に作成された戸籍。以降、6年ごとに戸籍が作成されるようになった。
670年
壬申の乱(じんしんのらん)天智天皇の弟の天皇の長子である大友公子が、皇位継承をめぐって起こした内乱。
672年
藤原京遷都 天武天皇の跡を継いだ持統天皇が、天皇の権力を強めようとして造営。最初で最大の都城。
694年
大宝律令 701年(大宝1年)に制定された日本の律令である。「 律」6巻・「令」11巻の全17巻。唐の律令を参考にしたと考えられている。大宝律令は、 日本史上初めて律と令が揃って成立した本格的な律令である。
701年
和同開珎発行(わどうかいちんはっこう)本格的な貨幣が日本で初めて鋳造された。
708年
橘奈良麻呂の乱 奈良時代の政変。橘奈良麻呂が藤原 仲麻呂を滅ぼして、天皇の廃立を企てたが、密告により露見して未遂に終わった。
757年
平城京遷都 奈良時代の日本の首都。いわゆる「奈良の都」である。唐の都「長安」や北魏洛陽城などを模倣して建造され ... 藤原京から平城京への遷都は文武天皇在世中の707年(慶雲4年)に審議が始まり、708年(和銅元年)には元明天皇により遷都の詔が出された。
710年
風土記編纂 元明天皇が諸国に命じて、その国の地勢、産物、地名の由来・言い伝えなどを記録させた日本最古の地理書。
713年
日本書紀編纂 日本最古の正史で、この年に舎仁親王らによって完成した。
720年
長屋王の変 藤原氏によって長屋王を打倒するために仕組まれた政治的陰謀事件。
721年
古事記編纂 初めは天武天皇の命令で編集が進められたが、元明天皇に受け継がれこの年に完成した。太安呂によって筆録された現存する日本最古の歴史書。
712年
三世一身の法(さんぜいっしんのほう)開墾奨励の為に出された法令。新たに用水を設けて開墾した者には3代にわたって、旧用水を利用して開墾した者には本人1代限り開墾の私有を認めた。
723年
藤原広嗣の乱(ふじわらのひろつぐのらん)奈良時代に起きた内乱。藤原広嗣が 政権への不満から九州の大宰府で挙兵したが、官軍によって鎮圧された。
740年
国分寺建立の詔 (こくぶんじこんりゅうのみことのり)聖武天皇によって出された、各国に国分僧寺と国分尼寺を立てる命令の事。
741年
蘆舎那仏建立の詔(るしゃなぶつこりゅうのしょう)聖武天皇が蘆舎那大仏像を造顕を発願した。
743年
東大寺大仏開眼供養 大仏の開眼を供養すること。752年の 東大寺盧遮那仏の場合が特に有名で、この際に使用された器物が正倉院に多く収め られている。
746年
懐風藻編纂(かいふうそう) 現存する最古の日本漢詩集、編者不明。
751年
養老律令施行 718年藤原不比等らが大宝律令を一部修正して編纂した律・令各10巻の法典。
757年
唐招提寺建立 唐から来朝した鑑真が奈良市五条町に建立した寺院。律宗の総本山。
759年

万葉集成立 日本最古の和歌集。天皇、貴族から農民まであらゆる身分の人の和歌が収められており、大伴家持編纂したと言われる。
759年
藤原仲麻呂の乱 奈良時代に起きた叛乱。恵美押勝の乱(えみのおしかつのらん)ともいう。孝謙太上天皇・道鏡と対立した太師(太政大臣)藤原仲麻呂(藤原恵美押勝)が軍事力をもって政権を奪取しようとして失敗した事件である。
764年
長岡京遷都 光仁天皇の譲位を受けて、山辺親王が桓武天皇 として即位します。 年号を延暦と改め、都を遷すことが発表されます。
784年
延暦寺創建 最澄は延暦7年(788年)、薬師如来を本尊とする一乗止観院(いちじょうしかんいん)(現在の総本堂・根本中堂)を創建して比叡山を ... 比叡山に篭もって修学修行に専念する12年間の教育制度を確立し、延暦寺から多くの高僧碩徳を輩出することになりました。
788年
平安京遷都 桓武天皇が長岡京から遷都。
794年
承和の変(じょうわのへん)平安時代初期に起きた廃太子を伴う 政変。藤原氏による最初の他氏排斥事件とされている事件である。
842年
応天門の変 (おうてんもんのへん)平安時代前期に起こった政治 事件。 応天門が放火され、大納言・伴善男は左大臣・源信の犯行であると告発したが、 太政大臣・藤原良房の進言により無罪となった。
866年
遣唐使廃止 菅原道真の進言によって廃止された。
894年
昌泰の変(しょうたいのへん) 左大臣藤原時平の讒言により 醍醐天皇が右大臣菅原道真を大宰員外帥として大宰府へ左遷し、道真の子供や右近衛 中将源善らを左遷または流罪にした事件。
901年
平将門の乱 常陸・下野・上野の国富を占領、一時関東を支配下において新皇を称した平将門が、平貞盛、藤原秀郷らに討たれた事件。
935年
安和の変 藤原氏による他氏排斥事件。以後、藤原氏の全盛期を迎える。
969年

1000~1499年

前九年の役(ぜんくねんのえき)奥羽の豪族安倍頼時・貞任・宗任らの反乱を源頼義・義家らが平定した戦い。
1051年~1063年

後三年の役(ごさんねんのえき)平安時代後期の陸奥・出羽(東北地方)を舞台とした戦役である。前九年の役の後、奥羽を実質支配していた清原氏が消滅し、奥州藤原氏が登場するきっかけとなった戦いである。後三年合戦(ごさんねんかっせん)ともいう。
  1083~1089年
平治の乱 院の近臣らの権力争いに平清盛と源頼朝の権力争いが絡んだ戦乱。
1160年
鹿ヶ谷の陰謀(ししがたにのいんぼう)京都で起こった、平家打倒の陰謀事件。
1177年
壇ノ浦の戦い 平安時代の末期の元暦2年/寿永4年3月24日 (1185年4月25日)に長門国赤間関壇ノ浦(現在の山口県下関市)で行われた戦闘。
1185年
奥州合戦 源頼朝は、平氏を滅ぼした後も従わず不仲になった弟の義経をかくまったたという理由で奥州の藤原氏を滅ぼした。治承・寿永の乱の最後の戦いであり、古代から中世の転換となった歴史的な戦い。
1189年
建仁の乱 城長茂ら城一族が起こした鎌倉幕府への反乱。
1201年
和田合戦 鎌倉幕府内で起こった有力御家人和田義盛の反乱。
1213年

承久の乱 後鳥羽上皇が鎌倉 幕府執権である北条義時に対して討伐の兵を挙げて敗れた兵乱。承久の変、承久合戦 ともいう。
1221年
六波羅探題設置 承久の乱後、朝廷の動きを監視するため、 京都に設置された鎌倉幕府の出先機関。 北条泰時と北条時房をそれぞれ六波羅の北と 南に駐留させたのが始まり。
1221年
御成敗式目 北条泰時が中心となって制定された武士政権の為の法令。
1232年
宝治合戦 鎌倉時代中期に起こった鎌倉幕府の内乱。執権北条氏と有力御家人三浦氏の対立から宝治元年(1247年)6月5日に鎌倉で武力衝突が起こり、北条氏と外戚安達氏らによって三浦一族とその与党が滅ぼされた。
1247年
文永の役 中国元(げん)の大軍が来攻したときの戦い。元軍は対馬(つしま)・壱岐(いき)、次いで博多付近に上陸したが、暴風雨によって引き上げた。
1274年
弘安の役 鎌倉時代に、元軍が2度日本を襲った事件
1281年
霜月騒動 鎌倉で起こった鎌倉幕府の政変。8代執権北条時宗の死後、有力御家人・安達泰盛と、内管領・平頼綱の対立。
1285年
永仁の徳政令 貧窮に苦しむ御家人救済の為北条貞時が発令した徳政令。
1297年
正中の変(しょうちゅうの へん)鎌倉時代後期に起き た、後醍醐天皇による討幕計画が事前に発覚し首謀者が処分された事件。
1324年
元弘の変 後醍醐天皇を中心とした 勢力による鎌倉幕府倒幕運動である。
1331年
建武の新政 後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒し、天皇中心に行った政治。建武の中興とも言う。
1333年
湊川の戦い(みなとがわのたたかい)足利尊氏・直義兄弟らの軍と、これを迎え撃った後醍醐天皇方の新田貞義・楠正成の軍が摂津国湊川(現在の兵庫県神戸市)で行われた戦い。
1336年
建武式目  室町幕府の施政方針を示した式目である。御成敗式目と合わせて貞建の式条と 呼ばれる。
1336年
室町幕府成立 足利尊氏が京都において軍事貴族(武家貴族)として創始した武家政権。
  1336年
康暦の政変(こうりゃくのせいへん) 南北朝時代の天授5年/康暦元年(1379年)に室町幕府管領・細川頼之が失脚した政変である。
1379年
明徳の和約 南朝(大覚寺統)と北朝(持明院統)の間で結ばれた和議と皇位継承について結ばれた協定。これによって建武3年(1336年)以来の朝廷分裂状態が終了。
1392年
応永の乱 室町時代の応永6年(1399年)に、守護大名の大内義弘が室町幕府に対して起こした反乱である。
1399年
応永の外寇 室町時代の応永26年(1419年)に起きた、李氏朝鮮による倭寇討伐を名目とした対馬攻撃を指す。
1419年
琉球王国建国 中山王尚巴志(ちゅうざんおうしょうはし)は北山、中山、南山の三つの王国を統一し、首里(現在の那覇市)に首里城を築いて琉球王国を作った。
1429年
永享の乱(えいきょうのらん)将軍後継者問題から幕府と対立した鎌倉公方の足利持氏と、関東管領の上杉憲実との戦い。
1438年
嘉吉の乱(かきつのらん)室町時代の嘉吉元年(1441年)に播磨・備前・美作の守護赤松満祐が、室町幕府6代将軍足利義教を暗殺し、領国の播磨で幕府方討伐軍に敗れて討たれるまでの一連の騒乱である。
1441年
壬申約定じんしんやくじょう) 朝鮮王朝 (李朝) と日本との間に成立した修好通商条約。
1443年
亨徳の乱(きょうとくのらん)室町幕府8代将軍足利義政の時に起こった室町時代の関東 地方における内乱。
1455年
応仁の乱 細川勝元派(東軍)と山名持豊(西軍)とが、京都を中心に11年間続けた戦乱。
1467年
明応の政変 室町時代に起こった足利将軍廃立事件である。
1493年

1500~2000年

寧波の乱(ねいはのらん)日明貿易の主導権をめぐって細川氏と大内氏が明の寧波において争った事件。
1523年

鉄砲伝来 16世紀にヨーロッパから東アジアへ火縄銃(鉄砲、鐵炮)が伝わったこと、狭義には日本の種子島に伝来した事件を指す。現物の火縄銃のほか、製造技術や射撃法なども伝わった。
1542年
桶狭間の戦い 尾張 国桶狭間で行われた合戦。
1543年
キリスト教伝来 イエズス会のザビエルによって伝えられ、南蛮貿易とともに宣教師の活動が拡がり、17世紀初頭までに西日本中心に拡がった。しかし、豊臣秀吉のバテレン追放令から禁教が強まり、江戸幕府は鎖国に踏み切る。
1549年
厳島の戦い(いつくしまのたたかい) 毛利元就が主人の大内義隆を殺害した陶晴賢を厳島で討った戦い。
1555年
石山合戦 浄土真宗本願寺勢力と織田信長との戦い。本願寺法主の顕如が石山本願寺に篭って戦った。
1570年
姉川の戦い 近江国姉川の流域で行われた織田信長,徳川家康連合軍と浅井長政,朝倉義景の族将同景健連合軍との戦い。
1570年
比叡山焼き討ち 現在の滋賀県大津市の比叡山延暦寺で行われた戦い。この戦いで織田信長は僧侶、学僧、上人、児童の首をことごとく刎ねたと言われている。またこの戦いはルイス・フロイスの書簡にも記載されている。一方、近年の発掘調査から、施設の多くはこれ以前に廃絶していた可能性が指摘されている。
1571年
三方ケ原の戦い 現在の静岡県浜松市三方原近辺で起こった武田信玄軍と徳川家康軍との戦い.徳川軍が大敗したことで有名。
1573年
長篠の戦い 織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼軍との戦い。
1575年
安土城築城 織田信長が近江(現在の滋賀県)の安土に築いた。
1576年
本能寺の変 明智光秀が主君の織田信長を京都の本能寺で襲って自害させた事件。
1582年
山崎の戦い 謀反を起こした明智光秀を羽柴秀吉軍が破った戦い。
1582年
清須会議 織田家後継者及び遺領の配分を決定させるために、尾張国清須城で開催。
1582年
賤ヶ岳の戦い (しずがたけのたたかい)近江国伊香郡(現: 滋賀県長浜市)の賤ヶ岳付近で起きた羽柴秀吉と柴田勝家の戦いである。
1583年
大阪城築城 秀吉は石山本願寺跡に大坂城の普請(築城工事)を開始した。一般には日本のお城のシンボルは天守閣であるが、空にそびえる大天守が初めて作られたのは織田信長の安土城である
1583年
小牧・長久手の戦い 豊臣秀吉と徳川家康・織田信雄連合軍との戦い。勝敗がつかず長期戦となったため講和を結んで終結した。
1584年

バテレン追放令 豊臣秀吉が出したキリスト教禁止令。
1587年
刀狩令 豊臣秀吉によって行われた刀狩令。この刀狩令によって、村には武器を持たない農民だけ、武士は城下町へと兵農分離が原則となります。
1588年
小田原征伐 豊臣秀吉が後北条氏を征伐し降した歴史事象・戦役。後北条氏が秀吉の沼田領裁定の一部について武力をもっての履行を惣無事令違反とみなされたことをきっかけに起こった戦いである。
1590年
文禄の役 豊臣秀吉が明の征服を目的 に朝鮮に出兵した侵略戦争。約16万の軍を釜山に上陸させ明の国境まで進出したが、 明の援軍、朝鮮水軍の攻撃や民衆蜂起などによって劣勢となり停戦。
1592年
江戸幕府成立 徳川家康が江戸に開いた武家政権。
1603年
武家諸法度制定 江戸時代に江戸幕府が武家を統一するために定めた 制度法である。
1611年
大阪冬の陣 江戸幕府と豊臣家(羽柴宗家)との間で行われた合戦。
1614年
大阪夏の陣 大坂冬の陣後、和平を破った徳川家康が豊臣家を滅ぼし天下統一を決定づけた。
1614年
参勤交代 各藩の藩主を定期的に江戸に出仕させる江戸幕府の法令のことである。参勤交替、参覲交代、参覲交替などとも書く。
1635年
島原の乱 江戸時代初期に起こった日本の歴史上最大規模の一揆 であり、幕末以前では最後の本格的な内戦である。島原・天草の乱、島原・天草一揆とも 呼ばれる。
1637年
田畑永代売買禁止令(でんぱたえいたいばいばいきんしれい)江戸幕府によって出された法令の総称。田畠永代売買禁止令とも書く。代官宛に出された17か条からなる「土民仕置条々」のうち、田畑の売買(永代売)を禁止する3条(13条)を指す。前年に最大規模化した寛永の大飢饉を契機に幕府は本格的な農政へ乗り出し、飢饉による百姓の没落を防ぐ目的で発布されたとされている。明治5年(1872年)に廃止されるまで名目上の効力を持った。
1643年
慶安の御触書 江戸時代の第3代将軍徳川 家光期にあたる慶安2年(1649年)に、江戸幕府が農民統制のために発令した幕法と されている文書。
1649年
慶安の変 3代将軍家光の死後に、幕府政策の批判と浪人の救済を掲げ、由井正雪、丸橋忠弥、金井半兵衛、熊谷直義などによる幕府転覆を計画した事件。由井正雪の乱ともいう。
1651年
明暦の大火 当時の江戸の大半が焼失した大火災。振袖火事ともいわれる。
1657年
シャクシャインの戦い シブチャリの首長 シャクシャインを中心として起きた、松前藩に対するアイヌ民族の大規模な蜂起である。
1669年
生類憐みの令 5代将軍徳川綱吉の時代に発せられた、動物愛護の法令の総称。
1685年
赤穂事件 元禄年間に、江戸城松之大廊下 で高家の吉良上野介(きらこうずけのすけ)義央に斬りつけたとして、 .... そして元禄15年 12月14日 (旧暦) (1703年(1702年ではない)1月30日)、吉良邸に侵入し、吉良上野介 を討ちとった(吉良邸討ち入り)。
1702年
元禄地震 元禄16年11月23日(1703年12月31日)午前2時ごろ、 関東地方を襲った巨大地震。 震源は相模トラフの房総半島南端にあたる千葉県の 野島崎と推定され、東経139.8度、北緯34.7度の地点にあたる
1703年
絵島事件 江戸城大奥の女中絵島が、歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだことが引き金となり、関係者1400名が処罰された事件。
1714年
海舶互市新令(かいはくごししんれい)新井白石が国際貿易額を制限するために制定した法令。
1715年
享保の改革 江戸時代中期に第8代将軍徳川吉宗によって 主導された幕政改革。
1716年
目安箱設置 8代将軍徳川吉宗が政治・経済から日常の問題まで、町人や百姓の要望や不満を聞くために、評定所の前にした投票箱。
1721年
享保の大飢饉 江戸時代中期に起こった飢饉である。 江戸四大飢饉の一つに数えられる。
1731年
公事方御定書制定 (くじかたおさだめがき)江戸幕府の基本法典。 享保改革を推進した8代将軍・徳川吉宗の下で作成された。
1742年
宝暦事件 朝廷内の尊王論者の弾圧事件。
1758年

寛政の改革 老中松平定信が天明7年から寛政5年に行った江戸幕府の政治改革。
1787年
寛政異学の禁 江戸 幕府老中・松平定信が寛政の改革で行った学問の統制である。
1790年
鳴滝塾開校 シーボルトが長崎郊外に診療所兼学塾を開いた。
1824年
異国船打払令 江戸幕府が発した 外国船追放令である
1825年
シーボルト事件 オランダ商館付の医師シーボルトが帰国の際に、所持品の中から国禁の日本地図や葵紋付の衣服が見つかり、それを送った幕府天文方・書物奉行の高橋景保他十数名が処分された事件。
1828年
モリソン号事件 日本人漂流民を乗せて浦賀に来航したアメリカのモリソン号を砲撃した事件。
1837年

大塩平八郎の乱 大阪の元役人とその門人らが起こした江戸幕府に対する反乱。
1837年
蛮社の獄 天保10年(1839年)5月に起きた言論弾圧事件である。高野長英、渡辺崋山などが、モリソン号事件と江戸幕府の鎖国政策を批判したため、捕らえられて獄に繋がれるなど罰を受けた。
1839年
天保の改革 江戸時代の天保年間(1830年 - 1843年)に行 われた、幕政や諸藩の改革の総称である。
1841年
ペリー来航 ペリーが率いる黒船が4隻、浦賀に来航します。彼らは日本に開国を迫ってきます。
1853年
松下村塾開校(しょうかそんじゅく)現在の山口県萩市に存在した私塾。吉田松陰らが指導した。高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文など明治維新に活躍した多くの人材を輩出した。
1856年
日米修好通商条約 井伊直弼がアメリカとの間に結んでしまった不平等条約。
1858年
安政の大獄 尊王攘夷派運動に対して大老井伊直弼が行った弾圧。 
1858年
桜田門外の変 江戸城桜田門外(現在の東京都 千代田区霞が関)で水戸藩からの脱藩者17名と薩摩藩士1名が彦根藩の行列を襲撃。
1860年

寺田屋事件 幕末の京都で1862年には薩摩藩の尊王派志士が鎮撫され、1866年には伏見奉行 により坂本龍馬が襲撃された二つの事件の現場となった京都伏見の寺田屋。
1862年
生麦事件 横浜付近の生麦村で、薩摩藩島津久光の行列を騎乗のまま横切ったイギリス人が薩摩藩士に殺害された事件。
1862年
薩英戦争 幕末,薩摩藩と イギリス艦隊との間にかわされた戦闘。文久2 (1862) 年8月の生麦事件に際し, イギリス代理公使 E.ニールは,幕府に対して事件の責任者処罰および 10万ポンドの 賠償を請求した。
1863年
禁門の変 蛤 (はまぐり) 御門の 変ともいう。幕末,長州藩兵と幕府との京都御所付近における戦闘。
1864年
池田屋事件 京都三条木屋町(三条小橋)の旅館・池田屋に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新選組が襲撃した事件。
1864年
亀山社中結成 坂本龍馬が長崎で開運貿易会社を結成した。
1865年
薩長同盟 薩摩藩と長州藩との間で結ばれた討幕の軍事同盟。
1866年
近江屋事件 江戸時代末期(幕末)に坂本龍馬と中岡慎太郎、山田藤吉の3人が京都河原町近江屋井口新助邸において暗殺された事件。 
1867年
大政奉還 江戸時代末期の慶応3年10月14日(1867年11月9 日)に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に奏上し、翌15日に天皇 が奏上を勅許した政治的出来事である。
1867年


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